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スタッフプロフィール


■院長 堺達也プロフィール
次世代医療を西日本で一早く実現したオンリーワンの治療家

『あなたの人生が最速で好転する最高の治療技術を提供し、
大人が毎日スキップしながら志事に行くような社会を実現したい』

グランドトータルホリスティック(全人的)医療提唱者/
ナチュラルハッピーライフ創造プロデューサー

■略歴
WHO(世界保健機関)憲章の新時代の『健康の定義』である「健康とは、単に病気がないというだけでなく、肉体的・精神的・霊性(スピリチュアリティ)に満たされ、社会的にダイナミックな活動状態にあることをいう」という真の健康観に基づく次世代医療を西日本で一早く実現したオンリーワンの治療家。

クライアントの体の苦痛と心の不安を最短で取除き、望みの人生を引き寄せる''最後の砦''と呼ばれる治療院【エンジェルの里】を経営している。

体の痛みを最短で取除くことはもちろん、自律神経失調症や心身症などの心の不安から引き起こされる不調の改善が得意。さらにクライアントの長期的な人生設計(運命)を左右する、家族関係から発生した「魂の傷」をも治療する【グランドトータルホリスティック(全人的)医療】を提唱する。

健康の要である「自然治癒力」をグングン引き出す専門家としてクライアントを元気にし、さらに「引き寄せの力」で人間関係を改善⇒経済成長を応援促進していくことで【クライアントの人生を最速でハッピーライフにしていくライフコンサルティング】を行っている。


こんな言葉がエンジェルの里では日々飛び交っている。

いまでこそ、こんな有り難い言葉をクライアントの皆さんから頂戴することになったが、振り返れば私が治療師としての道を歩み始めて今に至ったのは、決して偶然ではなく、きっとこの宇宙に何らかの意図があって何者かに導かれてきたのだとしか思えない。
人には「天命」というか、逃れようとしても逃れられない宿命というものが存在しているのだろう・・・。


1977年、私は、北九州市八幡東区香月で、一人っ子の長男としてこの世に生を受けた。

幼少期の私はいつも病弱で、アレルギー体質のうえに喘息発作を頻繁に起こし、おまけにアトピー性皮膚炎など、現代医学ではいずれも「難病」「治療は不可能」といわれている病気をいろいろと抱えていた。

そんな私を心配して母は体を鍛えさせようと、地元の空手道場に連れて行った。

8歳の当時、ジャッキー・チェンや少林寺などのカンフー映画が大好きだった私は喜んで空手道場に通うようになった。

空手を始めて体を鍛えるようにはなったものの・・・、相変わらず喘息の発作はいっこうに収まる気配はなく、周期的に襲ってくる呼吸困難を起こしそうなほどの強い発作の度に病院に連れていかれては、掃除機のホースのような薬剤入り吸入器を口におしつけられ、ステロイドなどの投薬治療をずっと続けなくてはならなかった。

その影響のためか、アレルギー体質や喘息発作は一層強くなっていき、治まるどころかますます悪化していった・・・。喘息が起きる時はいつも高熱に見舞われ、息が吸えなくなるほど呼吸が苦しくなり、その度に「ゼイゼイ・ヒューヒュー」と喉の奥で細くか弱い息をするしかなかった。そして、その度に薬を飲まされ続けたが、いずれも何とも言い難い気持ち悪い味でいつも吐き気を催し、拒絶反応でなかなか飲み込めなかった。

しかし、それでも我慢して投薬を続けていたが、こんな状態が3~4年ほど続いたある日、「これでは治らない」と本能的に悟るようにして、ある時から自分の判断でパタリと薬を飲むのを止めてしまった。
そこから私は、体が拒絶する薬を飲むことは一切止めて、本能のおもむくままに自分の体が「治ろうとする力」に任せることにした。
それは、具体的には何をしたのか?というと...

・不要な薬は飲まない。
・体の声を聴き、食事を体調に合わせて
調整少食にする。
・体の熱・体温(基礎代謝)を高める。

この3つだけだ。
この3つだけで、難病とされる喘息やアレルギー体質はほとんど治ってしまった。

当時は子どもだったので、もちろん知識として知っていたわけではなかったが、大人になり、自分で医学や薬学の勉強を修めた今となっては、当時の私がとった対処法は、【自然治癒力】を引き出すために、とても理に適った「根本治癒の基本と原則を実行したものだった」ということが解ってきた。
それは、次のような事実に基いている。

・基本的に薬は「毒」である。緊急時を除いて、極力使わない方が良い。
・現代人の病気の本当の原因は、食べ過ぎと食べ方の間違いにある。
・体温を上げると免疫力も上がる。低体温は万病の元。
(※これらの「事実」は現在、最新の医学研究で明確に証明されるようになってきている。)

そして何よりも「論より証拠」として、あれほど頻繁に具合が悪くなる度に病院通いをしていた私が、このような習慣を身につけて以来、小学生の頃から現在まで24年以上、病気で病院にかかることは一度もなくなってしまった。
その間、数年に一度風邪を引くくらいで、同じようにして寝ていればすぐに治る体質に変わっていったのだった。

しかし、実は、私がアレルギー体質や喘息発作を起こすような体質になったことには、その背景となる理由があった。

私が生まれてから数年間、家庭内では、暴力的な父親が気の弱い母を非常に乱暴に扱い、暴言を飛ばし、自営の家業はいつも低迷不振で家庭の中は常にストレスが渦巻いていた。
この頃の母は自殺未遂をするほど精神的にも追い詰められ、身体もボロボロになり、健康と希望を失っていた。
私自身も毎年同じ時期になると、顔を合計60針以上も縫う大怪我の末に幽体離脱を経験したりと大変な時期を過ごした。

そんな家庭環境で育った私は、3歳の頃から辞書を片手にいつも本を読み、真言密教のお寺に度々連れて行かれては読経をしていたそうだ。思い起こせば、私の治療家としての人生は、このような状況の中で「家庭内外の人間観察をする」ところから始まったように思う。

その後、父と母は私が5歳半の頃離婚し、その後は母親と二人で暮らすことになったのだが、母は長い間父を恨み、ストレスだらけで(自分では気付いてなかったようだが)いつも愚痴をこぼしていた。

それは、主に子どもである私に向けられ、愚痴や不満や暴言はいつも私にぶつけられるようになった。このように息が詰まるような暴言を浴びせかけられたり、個人を尊重することのない見境のない暴力(DV)から、病弱で喘息やアトピーを慢性的に患い、いつも高熱を出しては寝込むような体質ができあがった。(実は、喘息やアトピー患者にこのような背景;家庭環境を持つ人が多いことも後から分かってきた。)

そして、学校に行けばいじめられる毎日。そんな中で、「自分の身体を強くしたい」と思い立った私は、サッカー、テニスなど、あらゆるスポーツをはじめ、高校を卒業する18歳まで十年間空手の伝統的演武の型を修め、フルコンタクト系の実践空手でガチガチに身体を鍛えまくっていった。

そして、私が中学1年の時、母が乳がんになり、手術を受けることになった。身体がとても衰弱していたため、リハビリもとても苦労したが、抗がん剤治療などは行わず、私たちは周りの知恵を借りながら代替医療で健康を回復する道を選んだ。私は中学生の頃から母親と共に鍼灸師の先生やキネシオロジー整体師の先生にお世話になり、波動医学や栄養療法、断食(ファスティング)による解毒(デトックス)療法などを実践することにより、母の健康状態を回復していった。そして、母はとても元気になり、あれから20年以上経った現在も健康に過ごしている。

しかし、高校時代、あまりにも体をガチガチに鍛え過ぎていた私は、その後ちょくちょく【腰痛】に悩まされるようになってしまった。(この痛みは、後に鍼灸専門学校在学中にピークを迎えることになる)。そんな十代を過ごすうちに、この頃から徐々に「人間の健康状態には、日常の姿勢や精神状態、食生活に加え、何よりも人間関係によるストレスの有無が非常に大きな影響を与えているのだ」ということを理解するようになった。

そんな私は、高校卒業後、東京に出て、鍼灸専門学校で鍼灸師を目指す傍ら、大学で心理学を専攻し、行動療法を研究するようになっていった。
その後、一時期はアメリカに渡り、ドクターにもなろうかと考えたこともあったが、いろいろと勉強していくうちに「必要が無い」ことに気付き、東洋医学を極めることに専念するようになった。

また、外部講師の元に通い、交流分析やアサーティブ・コミュニケーション、NLP、催眠療法etc...のトレーニングを受け、「自分を大切にし、愛とゆるしを選択し、自らをあるがままに受け容れること」という、現在、エンジェルの里で行っている治療や心理カウンセリングの原型となる基本方針をこの時期に見出していった。

また、自らのアトピー性皮膚炎の痕を体質改善するため、玄米菜食などの食事療法による「腸内環境と血液の浄化」を数ヶ月間定期的に実施することにより、漢方でいうところの「血液万病一元論」(血液の汚れが万病の元をつくっていること)を身をもって体感し、健康状態を完全回復。食べ物と身体の相関関係の大切さをさらに身をもって知るようになった。


しかし、当時、ピークを迎えていた【腰痛】は、過度の筋緊張と冷えによる体の硬さから【痛みがMAX】になっていた。当時の痛みは、歩けなくなるほどの激痛を伴うことも度々あり、本当に何度脂汗を流したことかわからない。

そんな時、運命の転機となる「気功治療」に出会うことになる。19歳のとき出会った気功のお蔭で、私の人生と治療の内容に飛躍的な進化が起きた。
それからは、自らの抱える「激しい慢性腰痛」も気功による呼吸ストレッチや温熱療法をくり返すことにより、完治した。

そして、その後十年以上にわたり
◎「中国北京体育大学の張広徳老師の流れを汲み、老師から日本人初の直伝者となった片野貴夫先生」や、
◎「ビートたけしのアンビリーバボーで特集され、驚異の気功治療師として紹介された村松一夫氏」、
◎「伝説の気功家として20年以上中国・インドに渡航を繰り返し、多くの素晴らしい師のもとで修行された中健次郎先生」等に学び、・・・

「心身の健康」というものを「目に見えるレベル」と「目に見えないレベル」の両面から治療していく道を確立していくこととなった。

その後、専門学校を卒業した私は、自分の中で区切りを付けるために十年以上会っていなかった父親に自ら会いに行った。あまりに久しぶり過ぎて、顔も思い出せないくらいだったが、親父と酒を酌み交わしながらいろいろと話していくなかで、最後にこう告げることができた・・・。

「昔の親父のことは母ちゃんや周りの人間から色々と聞いているけど、いま自分は本当に幸せだよ。だから、たとえ親父の過去にどんなやんちゃなところがあったとしても、この『今』があるのはその過去があったお陰なんだから、そのことを恨みに思うどころか逆に感謝しているくらいだよ。」と、心からの感謝の気持ちを伝えることができた。

これを告げるのはとても勇気がいったけれど、20代前半~30代前半にかけて、自分を愛し、父をゆるし、母を癒し、他人を愛して「ともに幸せになる」ということをずっと実践してきた・・・。自分の痛みや弱みを「強み」に変えられた時、人の運命は変わる!人生も変わる!
私は自らの実体験からそのように確信している。


大学で心理学を学んでいた19歳の夏のある日、「これからの日本はITネットワーク社会になり、情報化が進んで人々がつながりやすくなる半面、私が40歳になる頃(2018年頃)には社会人の孤立化や症状だけを抑える対処療法医療の問題がますます増えて、現在の医療だけでは対応しきれない事態が必ず訪れるだろう・・・。生活習慣病が慢性化し、長期化しているこれからの超高齢化社会を迎える日本には、東西の医学を結集した統合医療や予防医学が絶対に必要とされる時代が来る!」という、ある種の直観的なインスピレーションを受けて・・・、「では、私はその時に備えて日本の医療業界をもっとより良いものにするための事業を起こしていこう」という、ひらめきと志が突然降って湧いてきた。

同時期、専門学校在学中に整形外科でリハビリ担当として指圧治療をしていた頃から、国家資格を取得し往診治療をはじめ、東京で生活をしていた4年半のなかで、延べ約1400人ほどの治療を行う。そして、22歳の時、老人介護保険法の施行開始に伴い、東京で居宅介護事務所の福祉用具選定員として、ケアマネージャーと共に介護が必要なお年寄りのお宅を何十件と訪問することになった。

その当時、感じたことは・・・(これからはどこのご家庭でも同じような事態が訪れると思うが)、ご老人の介護は、ご本人も体の痛みや生活の不自由に悩まされていただけでなく、介護をしているご家族も自分の時間が介護に奪われ、自分と親の家の二軒分の買い物に追われたり、入浴の介助など大変な重労働を強いられて、日々老いて行く親を見ては何もできない自分を責めたり、精神的にもくたびれている方が多いように見受けられた。

当時(平成9年)、医療費が年間30兆円を超えた時期であり、少子化がますます進む現代社会にあって、日本の将来の「超高齢化社会の到来と医療費の破綻」を危惧せざるを得なかった。(当時の予測を裏付けるように、平成22年には税収48兆円に対し、医療費は38兆円を超え、難治性慢性病は増え続けている。)

そのような状況を見て「在宅でできる予防医療をもっと普及しなくてはいけない。介護をしているご家族まで元気にしていけるような、ご老人の自立健康増進と大人が元気に働き続けられる持続可能な社会を創らなくてはいけない・・・。」と、【使命感】を感じるようになった。


その後、東京から北九州の実家に帰った私は、一年ほど日本全国をあちこち旅した後、24歳のときに春日市に移住し、2002年5月5日、「指圧・鍼灸治療院 エンジェルの里」の前身となる「エンジェル治療院」を開業した。

また、銀座まるかん福岡・春日地区総代理店として、長者番付日本一斎藤一人さんの「成幸者の考え方」に学ぶ勉強会藤一人塾・愛弟子勉強会 in 福岡【千人会】」を定期的に開催している。

そして、開業から十年目を迎えた2012年9月28日には、これまでの実績と次世代の医療に対する先見的な提唱が認められ、福岡県知事 小川洋様より、経営革新計画事業承認書を頂いた。

知事より頂いた「経営革新の事業承認」は、
治療院業界としてはほとんど前例がない。

その後、国際グラフ誌より 2012年11月29日、『Wうつ』の著者としても有名な俳優の萩原流行さんから対談インタビュー取材を受け、当院が次世代の医療として提唱している『グランドトータルホリスティック(全人的)医療』についてお話させて頂くこととなった。

萩原さんとのインタビュー取材には、クライアントのお一人にも参加してもらい、「自分がエンジェルの里に来て短期間でどのように改善していったか」という生の証言を快くお話しいただき、素晴らしい対談ができた。

⇒対談の様子は・・・コチラ

また、ご高齢者や障がい者向けの訪問リハビリ治療部門である「九州リハビリマッサージ健康サポートセンター」が、全国誌の「週刊新潮」訪問マッサージ特集にて、
「全国で11万件を超える治療院の中から質の高い訪問リハビリマッサージをしている治療院」として、日本訪問マッサージ協会選定の「厳選35治療院」のなかに「福岡県代表治療院」として掲載された。

そして現在、ご縁により出愛った方一人ひとりがさらに幸せに豊かになるための交流会(STSプロジェクト)を主催する他、治療の勉強会や研修会等に年間315時間以上を費やし、主催や講師もしながら研鑽を深めている。

また、なにより「昔の私のように薬漬けになっていてもいっこうに痛みや症状が改善せず、体の不調に苦しんでいたり、家族間の人間関係や世間との付き合い方に戸惑い、ずっと悩みを抱えているクライアント(や、あなた)が、今日よりも明日もっと幸せになっていくための力になりたい!」という思い一つで、いままでずっとクライアントの人生とともに日美笑進を続けてきた。

そして、開業より十一年目を迎えた2013年5月、改めて地域の医療・福祉にもっと貢献したいという想いから、「株式会社 幸せトータルサポート」を設立し、
「常に最幸のハートと治療技術をもってクライアントの心身の健康を支え、大人が毎日スキップしながら志事に行くような社会を実現すること」を企業理念に掲げ、発展を続けている。

※追伸:facebookでは、「物心両面から豊かになり、家庭が愛と調和に導かれて幸せになっていくこと」をテーマに、『幸せトータルサポート(STS)プロジェクト』というグループページを主催しています。
このグループの共同創造にご参加いただける方は、facebookから「堺達也」宛にメッセージを頂ければ、ご招待させて頂きます。

あなた様とのご縁を頂けたことをこの場を借りて感謝いたします。
お会いできる日を心から楽しみにしています。
感謝 拝

【所在地】〒810-0021 福岡市中央区今泉1丁目18番47-403号
【行き方】電車・バス⇒西鉄福岡(天神)駅より徒歩3分。三越・警固公園(神社)からすぐ。

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